簡単に言えば、香を聞く席のことを香席と言います。
しかし、そこが「香筵」という別世界へのトリップの入口です。
基本的には、次のような構成人員で行われ、十名程度が理想的な規模です。
名称 |
役割 |
備考 |
亭主(ていしゅ) |
香席の場を提供する人 組香等の説明をする人 |
出香、香元を兼ねることもある |
香元(こうもと) |
点前をして香炉を廻す人 |
亭主の指名する者が代行できる |
出香(しゅっこう) |
香木を提供する人 |
一般的には亭主が出香 |
執筆(しっぴつ) |
答え等のお記録を書く人 |
連衆の数によっては、複数選任 |
連衆(れんしゅ) |
香席に参加したお客様 |
上座を正客とするのは茶道に同じ |
助技(じょぎ) |
香元を補助するため席中を立ち回る人 |
連衆の人数が多い場合に必要 |
盤者(ばんじゃ) |
香席で盤、立物等を扱う人 |
盤物を行う際に必要 |
香席の見取図
(香炉を右に送る席の例)
現在一般的に行われている香席の流れをごく簡単に説明すると次のようになります。
連衆が席に入ります。茶人が多い場合は、床の間の拝見をして仮座し、全員が入ったところで本座に座ります。席順は、基本的に先着順ですが、気後れする場合は席次表に名前を書く前に譲って下さい。
席を設けた人が、連衆に簡単な挨拶をし、組香の概略を香記に則って説明します。
点前をする人と記録を書く人が入場します。「お香始めます。」と宣言があったら香席開始の合図です。
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試香のある場合「試み香焚き始めます。」「○でございます」と要素名を明示して炉が廻るので、「○はこんな感じだった」とメモを取って参考にして下さい。 |
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次に「本香焚き始めます。どうぞ御安座に…」と言われたら膝を楽にして、手記録紙に名前を書きます。その後は、「一炉でございます。」と番号を宣言して炉が廻るので、所作など気を止めず一心に聞いて下さい。 |
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「本香焚き終わりました。」と言われたら手記録紙に答えを書いて廻ってくる手記録盆に載せて次客に廻して下さい。 しばらく、亭主が座持ちした後、「香の出を申し上げます。」といって解答を発表します。
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各自の回答に当否のしるしをつけ、下附などした記録が廻るので、二人一組ぐらいで確認がてら、香記の景色を鑑賞して下さい。(香木や点数の善し悪し、失敗談などを口に出すのは控えて下さい。)
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連衆の中で最高得点の方、同点の場合は席次が上の方に香元から記録が授与されます。(これが、懸物香のなごりです。)
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香元が地敷をたたみ、袱紗を上に載せて「香満ちました。」といって退場します。総礼をして、戸がパタンと閉まったら香席終了の合図です。
亭主が簡単に全体の所見や補足を延べ、最後に挨拶をして終了です。
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茶席の場合、正客は何かと誉めたり質問したりしなければならないのですが、香席は、香元が入場してから、本香が焚き終わるまでは原則として終始無言です。 その「無」の空間で各々がイメージを膨らませ、景色を思い浮かべ、物語をつくるのです。無知を恥じることはありません。 |
香りを素直に聞ける心さえあればいいのです。
茶席と違って香席は、耳に馴染みが無いばかりか「香りを聞き当てる」という特殊能力がいるという先入観があって、なかなか取っ付きにくいものです。
事実、相当の茶人と目されるお客でも「私、全くわかりませんので…」と周囲をキョロキョロされるものです。「炉が左周りだから上座がどっちで…云々」と隣の人と相談したり、炉が廻るれば廻ったで、「香炉は、右に何回まわすだの、次客に渡すときは畳の縁外だの…」といちいち相談して段取りの確認をされることが多いようです。これでは、肝心の香気を楽しむことなどできはしません。
私はこんな御仁をみるにつけ「お香は『たかが遊び』です。香炉を水平に保って、香木を落としたりずらしたりしなければ、あとはどのようにでもご随意にお聞き下さい。」と申し上げます。亭主もその雰囲気づくりのみに心を裂いているのですから、いらぬウンチクで道具を誉められても喜びません。
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香席の目的は、、、 組香と香組の関係を味わい、、、 香気に三昧して、、、 最後に、香席全体の景色を心に留めることなのです。 |
香の世界は、「雅」であるとか「高尚」であるとかよく言われる方が多いようですが、翫香の章で書いたとおり、もともと香道は、宮中の遊びだったものが、時々の文化人を経て芸道になっただけでのものです。宮人が数多ある遊びの中で、香席のみを「雅だ!」と言う訳もなく、古文書では「艶なり」とだけ評されていました。文化人も同じこと、文学的テーマを香りという形の無いものを道具に遊ぶことが「面白」かったのです。もともと芸道に秀でた識見ある階層から生まれているので、香席での作法や所作についても、お互いうるさいことはいわなかった筈です。
「雅」とか「高尚」とかは、地下人(じげびと)に香会が広まり、指南をする人が殿上に憧れる子弟へのキャッチフレーズとして用いたものだと思います。現在でも、風雅な人々が楽しんでやっていれば、よそ目には「雅」で「高尚」かもしれません。しかし、本人が「私は雅で高尚」なことをやっていると悦にいるのは、かえって「はしたない」ことと思われます。
香席を催す際、亭主は、諸芸に達した人をもてなす設え(しつらえ)というものに命を懸けています。招かれた香人は亭主の作品である雰囲気を存分に味わい、鑑賞することにも熟達しなければなりません。そのための知性と教養、最低限のマナーは必要です。しかし、もともと茶道、華道、書道等の諸芸に達した人間を対象に行われていた遊びなので、襖の開け閉てから、歩き方等、点前以外の作法に関しては、これといった決まりがありません。各自が会得したお茶や礼法の作法をそのまま使っていいのです。これが「究極の遊び」と言われる所以です。
「点前の香」が、香席の「おおらかな芸術世界」を損なっては何もなりません。
そのかわり、香木の真の香りを引き出すためのノウハウの会得は厳しく奥深いのです。ここが「されど遊び」の部分です。皆さんが香道の教室に通ったとしても、まず1年は点前を教えてもらえず、ただひたすら香を聞くことのみに終始するでしよう。そして、六国の区別が完全につくようになってから、点前の作法が伝授されます。ここでみっちり叩き込まれるのは、「火加減」です。香木それぞれにあった一番いい火加減で連衆に聞いてもらうことが、香元の真価の問われるところなのです。香道においても、芸道を守る必要性から形式的美学としての作法について一定の蓄積、進化、円熟はありましたが、それ以上に先達が傾注していたのは、「火合」(ひあい)なのです。
香木の香気から、組香の要素名の由来、出香者の香組の意図、香名の由来等すべてが解き明かされるように「最高のコンディションに焚くコツ」が香道の真髄です。
香道は、「香りを聞く」ことが本流であってそれ以外は何もありません。飾り付けに始まって、点前に終わるやり方は、学ぶに安く、しかも外見が美しいために、生徒は皆そのことを修得したがり、師匠も楽なので形を教えたがります。しかし、心をなおざりにして道具をもてあそぶだけでは、「識見オバサマの戯事」になってしまい、本当の香人は生まれません。
私自身は、仲良しの仲間同士が、蕎麦猪口と灰と炭団で香木を聞いても「香席」であると言っていいと思います。香木を使って香の世界に遊び、和気藹々と楽しくその場を過ごしてもらえれば、それは、香席の本意を具現化しているからです。このごろは、アロマテラピーなども流行してきたため、生活に香りを織り込んだ「翫香」も一面では復興したように思えます。洋物に飽きたら、沈香を自分のために焚いてゴージャスなアロマテラピーを経験することもお勧めします。「香の十徳」のとおり、香は万能薬なのですから・・・。
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香炉のつくりかた |
さて、香席に招かれも物怖じしないで、参加できるという心構えができれば、香の世界はもうすぐ近くに来ています。そこで、香席に参加される皆さんのために、(当たり前と言えば当たり前のことですが)香席の雰囲気を壊さず、連衆の和を乱さないための心得を簡単に訳して書いておきます。
1 香席参集の人は、礼儀を篤くし、和を尊しすべし
2 その身衣装に(香りを)薫じ、又は、(皮)革の衣類を著し、出座いたすまじきこと
3 扇子(を)あらあら(乱暴に)使うまじきこと
4 香一組済まざるうち、自余(香席以外)の話いたすまじきこと
5 香の善悪、(批)評いたすまじきこと
6 三息五息のほか、永嗅(いつまでも聞くこと)いたすまじきこと
7 香炉を取り戻し嗅ぎ、並みに入れたる(香)札を取り替ゆまじきこと
8 他人とのささやき、相談して(香)札入れまじきこと
9 児男女の取り渡しは、香炉を下に置き渡すべきこと
10 香一組終わらざるうち、煙草並びに菓子などを食すること有るべからず
11 戸障子のたて明け、言語起居、静かにいたすべきこと
他に、香席を催す場合の心得等、更に具体的な9箇条を加えた「香席法度」も定められています。
さて、皆さん!
少しは興味が出ましたか?
皆さんのも「乙好みのためのちょっと乙な世界」を体験してみてください。
最後に一言・・・
どんなに講釈タレても・・・お香の香りは伝わらない。