十月の組香
木々がそれぞれの紅葉を競う色鮮やかな組香です。
木ごとの色合いを香りで感じるところが妙味です。
年に1度の初心者用解説付きバージョンです。
説明 |
※「要素名」とは、組香の景色を構成する名前で、この組香をはじめ大抵の組香ではこれを答えとして書き記します。
※「香名」とは、香木そのものにつけられた固有名詞で、要素名とは区別されます。組香の景色をつくるために、香木の名前もそれに因んだものを使うことが多く、香人の美意識の現われやすい所です。
※「木所」とは、7種類に分かれた香木の大まかな分類です。(香木のコラム参照)
※「試香」とは、香木の印象を連衆に覚えてもらうために「柞でございます。」「檀でございます。」とあらかじめ宣言して廻すお香です。
※「打ち交ぜ」とは、シャッフルのことで、香包を順序不同に混ぜ合わせることです。
※「本香」とは、当ててもらうために匿名で焚くお香です。連衆は、このお香と試香の異同を判別して、答えを導きます。
※「独聞」とは、他の連衆がすべて外れている場合に一人だけ正解である場合を言います。
※「客香」とは、「試香」が無く本香で始めて聞くお香です。
※「下附」とは、組香の景色に彩りを添えるために、点数に代わって付けられる成績を表す言葉です。
※「皆」とは、全問正解のことです。
みちのくの秋は、紅葉の色が深いと言われています。
私のような田舎香人の目にも蔵王山や栗駒山、十和田・八甲田の山並みの紅葉は確かに「深い」と感じられます。東北の野山が紅葉の見頃を迎えるのは今月の中旬頃でしょうか。この時期人々は、秋の運動会を終えると「芋煮会」という一種の観楓会に出かけます。私の近くの川原には毎年たくさんの人が訪れ、煮炊きの煙に混じって美味しそうな芋煮鍋やヤキソバ、バーベキューの香りが家の中まで入って来ます。「芋煮会」は地域によって名前も違い、作る芋煮鍋の具も味付けも違いますが、酒を飲むことだけは共通しているようです。古くは「紅葉狩り」と言った風情で、秋の野山に入って慎ましやかにピクニックをするというものだったのでしょうが、現在では、昨今のアウトドアブームも手伝って、場所を問わない大宴会と化していますね。
今月の組香は、飲食なしの紅葉狩り・・・「紅葉香」をご紹介します。
まず、この組香には証歌がありません。そのため「組香の舞台」というものは特定されておらず、色とりどりの木々を一つ一つ丹念に味わうことができれば、必ずしも山歩きを連想する必要はないようです。大きな公園のベンチで日がな一日風に吹かれていても、川原にたたずんで対岸の木々をぼんやり見ていても良いと思います。むしろ大事なのは、木々の特徴を良く知り、それぞれの紅葉の色や形、性質といったものをイメージとして良く味わうことだと思います。
この組香の要素名は、すべて秋に紅葉する木々です。一見して読めないような古名なども使われているので、少し解説を加えて理解を深めてもらいましょう。
要素名となっている木々
樹木名 |
注 釈 |
柞 |
コナラ・ミズナラ・クヌギ・オオナラなどを総称する古名です。 |
檀 |
ニシキギ科の落葉小高木です。各地の山野に生え、観賞用に栽植されます。弓を作る材料であることからこう呼ばれました。★襲(かさね)の色目 表は蘇芳(すおう)または赤、裏は黄。(秋) |
樗 |
センダン(栴檀)の古名です。★襲の色目 表は花に似た薄色(薄紫色)、裏は青。また、表は紫、裏は薄紫。(夏) |
櫨 |
ウルシ科の落葉高木です。昔、琉球から渡来したもので、実から木蝋を採り、樹皮は染料となるので、栽培されたものが野生化し、今では山地に自生しています。 |
楓 |
カエデ科の落葉高木の総称です。葉の多くは掌状で、初め緑色、秋に赤・黄色に紅葉しますが、全く葉の裂けないもの、複葉になるもの、また紅葉しないものなどもあるそうてず。蛙手(かえるで)に似たところから来た呼び名です。★襲の色目 表裏とも萌葱(もえぎ)。 |
香を志す者は最低限図鑑を見て確認するぐらいは厭わぬもの思います。まずは、紅葉の写真からでも結構ですし、襲の色目からの連想でも構いませんので、色のイメージを個々に確立させてみてください。自分の感じとったイメージで要素名に「色」をつけていく作業が、この組香の最も重要なテーマだと思います。組香者は、その「色味」に見合った「香色」を持つ香木を組んで、連衆に提供します。連衆は、その「香色」を鑑賞して、木々の「色味」を心の中に結ぶということになります。お互いの「色味」が一致すれば、それが組香をする者の醍醐味となります。「色味」が少々ずれていても、人の原体験とはそれぞれ違うものですから、それでも構いません。1人1人が「色味」をしっかりイメージすることこそが、大切だと思います。
次にこの組香の特徴は、「独聞」に加点要素があるということです。「他の人が全部間違っているのに自分だけ当っている」という状況を表す「独聞」は、通常の組香でも「2点」の加点要素となるという暗黙のルールもありますが、近頃では、同点を避けるためにケースバイケースで使われることが多いようです。この組香では、敢えて「独聞は2点」、「楓(客香)の独聞は3点」と明記してあるところが、特筆すべきところであると思います。しかし、このことが後述するように下附の解釈に若干の疑念を残す結果となっています。
下附は、皆から無まで6パターンあります。「千入(ちしほ)」は、何回も染め液に浸して色を染めること。また、濃く染まった色や物を表します。また、「八入(やしほ)」も同様の意味ですが、浸す回数が少なくなっています。「梢の錦」はこの中では異彩を放っていますが、紅葉の盛りを表しているのでしょう。その後は「濃紅葉」「薄紅葉」と続き、最後は「散紅葉」で色が褪めてしまいます。全体を通して見ると下附と点数の対応は「紅葉の色の濃さ」に符合していると思われます。また、もう1つ踏み出して考えれば、「千入」「八入」は遠景を捉えていますが、「梢の錦」はやや近景、「濃紅葉」「薄紅葉」「散紅葉」は対象となる木々のみの印象を伝えているのではないかとも思えます。つまり「梢の錦」境界線にして下附けの風景を見る視点が変わっているのではないかとも思っています。
さて、5要素5炉で成り立っている組香では、当たり数に対応させて6つの下附を素直につければ、必要十分な筈ですが、この組香では、前述のように「独聞」の加点を明示しています。そのことにより点数は、最大で11点(2,2,2,2,3点の全問正解)まで出る可能性があり、全問正解は皆として「千入」とするにしても、1つ外した場合の5点(1,2,×,1,1点の4炉当り)から9点(2,2,×,2,3点の4炉当り)の場合には、素直に当てはめるべき下附が明示されていません。
そこで私は、「4点以上でかつ皆でないもの」は「八入」とし、その下の「梢の錦(3点)」も「濃紅葉(2点)」も炉ごとの当り数は捨象して点数と対応するものと解釈しました。例えば4点ならば(1,1,1,1,×点の4炉当り)も(2,2,×,×,×点の2炉当り)も(3,1, ×,×,×の2炉当り)も同じ「八入」となってしまいますし、他の点数も同様いくつかの当りパターンを持つことになります。このことは、香記の景色的に幾分腑に落ちないところはあるものの、敢えて「独聞ルール」を抹消して単純な6つの当りパターンのみで香遊びをするよりは楽しいかなと思いました。また、もう一つの理由として、点数によって下附の風景の視点が変わるとすれば、対応する点数の幅が広いために「千入」「八入」の香記への出現率が多くなることはあまり気にならないかとも思いました。
最後にこの組香は、「札を打って遊ぶ場合は、裏に要素名、表に紅葉の名所を書いて札を作る」と書いてあります。これは、例えば表に「嵐山」と書いた札の裏にそれぞれ「柞」「檀」「樗」「櫨」「楓」と1つずつ書き、5枚1組を1人分とします。同じようにして表の名所を「竜田川」「小倉山」・・・等と人数分作ります。少々贅沢ですが、紅葉香のための専用「香札」を作って遊びますとそれぞれの名所ごとの紅葉比べをするという趣向が加わります。表書きの名所はどこでも良いのだそうですが、古来からというと、こんなところでしょうか?
紅葉の名所
竜田川(たつたがわ:奈良)、竜田山(たつたやま:奈良)、正灯寺(しょうとうじ:東京)、槙尾(まきのお:京都)、多武峰(とうのみね:奈良)、通天橋(つうてんきょう:京都)、海晏寺(かいあんじ:東京)、滝野川(たきのがわ:東京)、高雄(たかお:京都)、小倉山(おぐらやま:京都)、笠取山(かさとりやま:京都)、笠置山(かさぎやま:京都)、岩瀬森(いわせのもり:奈良)、音羽山(おとわやま:京都)、岩国山(いわくにやま:山口)、永源寺(えいげんじ:滋賀)、三室山(みむろのやま:奈良)、嵐山(あらしやま:京都)・・・あとは東北一円。
香の印象は、人それぞれ自分の一番得意の意識野を使って感じるものだと思います。私は、香を感じるとき「色と形」でイメージが浮かぶ性質なので、「紅葉香」はストレートに好きになりました。そのほかに「文字」が思い浮かぶという珍しい人(雑誌編集者)もいましたが、こういう方にはやはり「作字香」をお奨めしたいですね。皆さんは、どの様な「香印象」が脳裏に浮かびますか?
澄んだ青空に真っ赤な紅葉は目にも鮮やかですね。
皆さんも身の周りから「はっ!」っとする秋色を見つけてみてください。
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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