四月の組香
花と鳥が互いに美しさと雅びを競い合うという組香です。
月ごとに対戦相手が変わるところが特徴です。
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説明 |
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香木は4種用意します。
要素名は、「花」「鳥」「風」「月」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「花」「鳥」「風」「月」は各4包(計16包)作り、それぞれ1包を試香として焚き出します。(計4包)
連衆は、「花方(はなかた)」と「鳥方(とりかた)」の二手に分かれます。
まず、「花」「鳥」「風」「月」のそれぞれ1包を試香として焚き出します。(計4包)
次に、残った「花」「鳥」「風」「月」の各3包を打ち交ぜます。(計12包)
本香は、「一*柱開」(いっちゅうびらき)で12炉廻ります。
※ 「一*柱開」とは、香札(こうふだ)等を使用して「香炉が1炉廻る毎に1回答えを投票し、香記に記録する」聞き方です。
本香1炉が焚き出され、聞き終えた客から順に試香に聞き合わせて香札を1枚打ちます。
※ 以下、13番までを10回繰り返します。
執筆は、打たれた香札を札盤(ふだばん)の上に並べて仮に留めておきます。
香元は、香包を開き、正解を宣言します。
執筆は、各自の答えをすべて書き写し、当たりには所定の点を付します。(委細後述)
盤者は、双方の合計点を差し引いて、点数の多い方の立物をその差分だけ進めます。(委細後述)
盤上の勝負は、どちら側の立物の進んだかで1炉ごと優劣が決まります。(委細後述)
下附は点数で記載します。
記録上の勝負は、12炉焚き終わってから各自の点を加算し、双方の得点を合計して、合計点の多い方が勝ちとなります。
よーく数えてみましたら・・・「今月の組香」は掲載100組目を既に越えていました。
「お陰様をもちまして、1997年9月に「初霜香」から掲載を開始したこのコラムも100組目の区切りを迎えました。」・・・と書き出そうと思って確認しましたら、既に今月は104組目であり、記念すべき100組目は、昨年12月の「三径香」だったようです。(^_^;) ともあれ、「香筵雅遊」の立ち上げから足掛け10年、途中に「掲載休止」という事態もありましたが、香道界を辞して掲載を復活してからは、ライフワークとしての強い意識と読者の皆様の声の後押しにより「健やかなる時も病める時も・・・」一ヶ月も欠かさずに、やっとここまでたどり着いた感慨を新たにしています。
最初の頃は、稽古ノートの中から説明しやすいものを取り上げておりましたので、掘り下げも浅く、コメントも稚拙な聞きかじりばかりでした。そのうちに皆さんから「出典を明らかにせよ。」とのご要望も頂き、出所のはっきりしない15年分の稽古ノートは使えなくなりました。そうこうしている時に、或る紳士より「東北大学付属図書館に香書群があるよ。」と教えられ、開館日が平日なものですから「学術研究休暇」と称して、1ヶ月に1回図書館に通い始めたのが2001年のことだったと思います。実際に「香書」を手にすると、現在の香道界が 「覇権の早期実現」のためにあっさりと捨て去り、時代を経て忘れ去られてしまったたくさんの真意とノウハウがそこにあり、「これを次世代に理解可能な形で継承しなくては・・・」という自負のようなものが芽生えました。
そして、その手始めに、香包折りや結びの復刻に取り組み、或るご婦人とは折形や折り紙をやり取りしながら共同研究させていただきました。また、証歌となっている和歌の出典を調べる作業が最も困難を極めるものだったのですが、これについても或るご夫婦から大変便利なツールを頂戴し、現在も大変重宝しております。その後は、多くの支援者の方から「君に託す」と名香木や資料等を戴くようになりましたが、特に、或るお嬢様からは大部にわたる資料の提供を受け、大枝流芳編による組香書の研究が劇的に進みました。また、ある程度「香書の判る奴」ということもご認識いただき、当世屈指の香道研究者の方ともお近づきになれ、「香道ボランティアの盟友」として本当に困った時の相談相手にもなっていただきました。いままでお世話になりました「或る」支援者の皆様方をはじめ、毎月コンスタントに2千カウント上げて下さる読者、リピータの皆様方には、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。<m(__)m>
実際のところ、現在の私は、自分のアイデンティティが「香人」なのか「香道研究家」なのか判らなくなっています。「香筵雅遊」は、読み物だけではない「実業に近い部分での情報提供」を目指しているのですが、その実、自分は、「香気」からは次第に遠ざかっている気がしますし、「復刻不可能な盤物の紹介ばかりでは実利にならない」とのご批判もあるかもしれません。まぁ、それでも100組を越える解説付きの組香書は、今まで無かったわけですから、なんらかのことは成しとげたのであろうと思っています。勿論、これからも掲載を続けていくわけですが、これに縛られて「香気」をおろそかにしたり、「人生の背骨」と決めた香道のために「残る人生を狭める」結果になるのも悲しいことですから「自負」などと言わずに「クセ」でやって行きたいと思います。
さて、今年は、暖冬から一転して寒波が襲ったり、誰かさんが気象データを間違えて入力したりと、自然的にも人為的にも「桜前線」は行きつ戻りつさせられましたが、皆さんの近所では無事咲きましたでしょうか?桜が散った後は日を追って暖かくなり行楽によい季節になって来ますが、暑くなっても寒くなっても、その季節ごとに愛でるべき花々や鳥たちがいるのです。たまには、ネットワークを離れて一日中「野遊び」に費やし、 心和ます花鳥の「美の競演」を楽しみたいものです。折々の「花鳥風月」を意識せずして「何ぞ風雅の人」ですよね。
今月は、花の鳥が月ごとに美と雅を競う「花鳥香」(かちょうこう)をご紹介いたしましょう。
「花鳥香」は、大枝流芳の『香道軒乃玉水』に「新組十品並び盤立物図式」として最初に掲載のある組香です。組香小引には「大枝流芳組」と記載がありますので、オリジナルの組香であることが判ります。また、この組香は『御家流組香集(仁)』にも同様の記載がなされていますが、こちらは大枝流芳の出版した版本の内容が多く掲載されているところから、後世の写本と見られますので、今回は『香道軒乃玉水』を出典として書き進めたいと思います。
因みに、同名異組の「花鳥香」は杉本文太郎の『香道』に掲載されており、こちらは要素名が「花」の名、聞の名目が「鳥」の名という形式のものです。
さて、この組香の小引の書き出しには、「むかしより十二月の花鳥と云うて、定家卿の歌などあり。世にしる所なり。またもろこしにも『花鳥争竒(かちょうそうき)』と云える書ありて、花と鳥の雅をあらそうことをしるせり。今此の組香は、彼の十二月の花鳥を立物となして、盤上の勝負となし侍る。」とあります。『花鳥争奇』とは、十七世紀前半、中国の明代末期に活躍した文人、ケ志謨(とうしぼ)の書『山水争奇』、『風月争奇』、『蔬果(野菜と果物)争奇』、『梅雪争奇』等の「争奇シリーズ」のひとつであり、所謂「異類論争文学」の本です。また、藤原定家の歌集『拾遺愚草』に収められる「詠花鳥和歌各十二首」は、『定家詠花鳥十二ヶ月』 とも呼ばれ、花鳥画の題材にも取り入れられています。これでおわかりのとおり、大枝流芳は、「花と鳥」という異なった事物を対峙させ、互いにその美しさや雅を競わせることを趣旨としてこの組香を組んだものと思われます。
組香において「競い物」と言えば則ち「盤物」です。ご他聞に漏れず、この組香もあらかじめ連衆を「花方」、「鳥方」に分けて「一蓮托生対戦型」の形式で聞きを競わせ、その戦況は香盤の上に表して遊ぶ趣向となっています。
さて、この組香の要素名は「花」「鳥」「風」「月」となっており、四季を問わず「自然の美しい風景」を表しています。そういう意味では組香の景色も四季に通じ、香筵が模様される季節によって、イメージされる「花鳥風月」が違ってくるのかもしれません。それでも、この組香が「四季香」や「花鳥風月香」と名付けられなかったのは、後述のとおり「花と鳥」の方が「風と月」に比べて重く用いられていることにあるのだと思います。
香種、香数は、各要素ともに4包作り、4種ともに1包ずつ試香があります。この組香の第一の特徴は、全てに試香があり「客香がない」というところです。本香は、4種×3包=12包を打ち交ぜて焚き出します。香種4種は「四季」を、本香数は1年「12ヶ月」を表すと解釈して良いでしょう。
この組香は、「花鳥香盤」という専用のゲーム盤を用います。香盤は、1年12ヶ月を表すように12本の列が設けられています。1つの列は、双方のスタートラインから5間ずつあり、桝目ごとに立物を立てる穴が開けられています。その中央に「勝負の場」と呼ばれる中立地帯が挟まれており、ここにも2つ穴が開けられています。これを含めて1列「5+2+5=12間」として使いますので、盤面は12間×12列の正方形となります。また、各列の「勝負の場」には、それぞれ「睦月、如月、弥生、卯月・・・」と月の異名が書かれており、1炉目は睦月の勝負、2炉目は如月の勝負・・・という風に1ヶ月ずつ12回の勝負を繰り返していくことになります。
答えは、専用の香札で投票するように「札の紋」が指定されています。札は、本香が4種3包ですので1人分12枚となります。札表の紋は、「花方」5人分は「青柳(あおやぎ)」、「紫藤(しどう)」、「卯花(うのはな)」、「尾花(おばな)」、「早梅(そうばい)」。「鳥方」は「春鶯(しゅんおう)」、「雲雀(ひばり)」、「郭公(ほととぎす)」、「初雁(はつかり)」、「千鳥(ちどり)」と名乗りが書き記してあります。札裏は、「花」「鳥」「風」「月」が各3枚の12枚です。この組香は、専用の香札でなくとも「十種香札」で代用できます。札表はそのままでも、鳥の景色さえ諦めれば、四季の草木の景色が味わえますし、札裏は、「花」「鳥」「風」「月」を、それぞれ「一」「二」「三」「ウ」で置き換えることで事足ります。
こうして、連衆は、1炉聞くごとに廻される香筒(こうづつ)や折居(おりすえ)に香札を入れて回答します。「花方」「鳥方」の戦況は、1炉廻るごとに立物の位置で表現されます。下表のとおり立物も月ごとに異なり、1本1本違った意匠で作られています。
月 |
花方 |
鳥方 |
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一 |
睦月 |
柳(やなぎ) |
鴬(うぐいす) |
二 |
如月 |
桜(さくら) |
雉(きじ) |
三 |
弥生 |
藤(ふじ) |
雲雀(ひばり) |
四 |
卯月 |
卯花(うのはな) |
郭公(ほととぎす) |
五 |
皐月 |
盧橘(りょきつ)※ |
水鶏(くいな) |
六 |
林鐘 |
常夏(とこなつ)※ |
鵜(う) |
七 |
文月 |
女郎花(おみなえし) |
鵲(かささぎ) |
八 |
中秋 |
萩(はぎ) |
初雁(はつかり) |
九 |
長月 |
すすき |
鶉(うづら) |
十 |
初冬 |
残菊(ざんぎく) |
鶴(つる) |
十一 |
鴨月 |
枇杷(びわ) |
千鳥(ちどり) |
十二 |
蝋月 |
早梅(そうばい) |
水鳥(みずどり) |
※盧橘(ろきつ)→「夏みかん」や「きんかん(金柑)」の異名。 常夏→「なでしこ(撫子)」の古名。
このように、各列に置かれた立物が異なり、「かたや柳ぃ〜、こなた鴬ぅ〜」と相撲の呼び出しのように月ごとに1間目に対峙させてから香炉が廻されます。この組香の第二の特徴は月ごとの対戦相手が変わるという盤立物の凝った趣向にあります。
本香は、盤物の習いとして「一*柱開」が指定されており、炉ごとに香元が正解を宣言し、盤者が立物を進めるという形で進めます。立物の進み方について出典では「花方より、花の香聞き当てれば二点、盤も二間すすむべし。鳥方より、鳥の香聞き当てれば二点、盤も二間すすむ。風月の香は一点、盤も一間ずつすすむ。」とあり、「花」「鳥」については、自方の香を聞き当てれば勝負の上で有利となります。一方、相手方の香を聞き当てても「巧」の加点とならない代わりに、自方の香を間違えても「過怠」の減点もありません。また、「風」「月」については、ニュートラルな扱いとして平点(1点)のみ加えます。この点で、同じ「地の香」でも「花と鳥」の方が「風と月」より重く扱われていると言えます。
立物の進め方は、「消し合い」方式です。
例えば・・・
1炉目(睦月)の勝負に「風」が出て「花方」5名のうち4名が当たったとすると合計点は4点、「鳥方」は1人しか当たらず合計点が1点だとすると、「4−1=3点」が「花方」の勝ち点となり、立物の「柳」が3間進み、負けた「鳥方」の「鴬」はそのままです。
2炉目(如月)の勝負に「花」が出て「花方」も「鳥方」も全員が当てたとすると、「花方」は倍付けのため「10−5=5点」で「桜」は5間進んで「勝負の場」に立てられ、「雉」はそのままです。
3炉目(弥生)の勝負にも「花」が出て「花方」は5人が当たり、「鳥方」は1人が当てたとすると、「花方」は倍付けのため「10−1=9点」です。この場合、出典では「一方点数の多き時は、むこうの場へ入りこみすすむべし。」とあり、「藤」は「勝負の場」を越えて、「鳥方」側に3間入り込んだ敵陣に立てられ、「雲雀」はそのままです。
4炉目(卯月)の勝負に「月」が出て、「花方」も「鳥方」も3名が当てた場合は、双方3点で同点となります。その際、出典には「持(同点)ならば互いに点数ほどすすむ。五間以上にて持となるときは、双方とも勝負の場に立て置くべし。」とあり、「卯花」と「郭公」は、双方3間進みます。
さらに、出典には「香を聞く時節の月の場、正月ならば睦月、二月ならば如月とある所にて香きき当たるは、風月の香にても二点、盤も二間すすむべし。」とあり、香筵を催す月が「卯月」であれば、その月の勝負だけは、「自方の香」の加点に加えて「風」「月」も2点と換算するルールが加えられています。そのため 、先ほどのように4炉目に「月」が出て、「花方」も「鳥方」も3名が当てた場合は双方6点での同点となり、「勝負の場」に「卯花」と「郭公」が2本とも立てられます。(このため花鳥香盤の勝負の場には穴が2つ開けられています。)
この組香は、最大で10点(一方が2点×5名=10点、他方が無点)の差がつく事が予想されますので、双方のスタートラインから10間の桝目が設けて有ります。また、5点以上の同点に対応するために「双方とも勝負の場に立て置く」というルールもあり、これによって立物が盤上で交錯することを防いでいます。 盤上の勝負はこのようにして、12回繰り返され、各列(月)の勝方の立物は盤上を進み、負方の立物はスタートラインに残るため、見た目にも優劣がわかりやすくなっています。しかし、この組香では、「五間以上にて持となるときは、双方とも勝負の場に立て置くべし。」のルールがあるために、厳密に得点差を表すわけではありません。
そこで、記録上の勝負が重要となるわけですが、記録は、「花方」、「鳥方」と見出しをつけ、グループごとに名乗りりを横に並べます。名乗りは、札紋で各自に割り当てられた「仮名」を書き、その右上に小さく「本名」を書き添えます。各自の名乗りりの下には、「一*柱開」でその都度打たれた回答を当否にかかわらず全て書き記します。当たりは、立物の進みと同様に「1間=1点」、「2間=2点」と換算し、要素名の右肩に点を付します。
この組香の第三の特徴は、香の出の欄に「正、二、三、四・・・十二」と月を表す漢数字を書き添えることです。香の出(正解)は、その左横に対応させて書き記すため、2列に書き記す形となります。
最後に、下附は、各自の得点を点数で記載し、グループの合計点を「花方 ○○点」のように記載します。勝敗は、合計点の多い方が勝ちとなります。この組香では、勝方に「勝」と記載せず、負方に「鳥方 ○○点 負了」と記載することとなっています。
百穀を潤す穏やかな雨の香り
草木の息吹をはらむ生気に満ちた風の香り
どんなにめまぐるしく周辺環境が変化しても
春は「もう一年がんばろう!」と元気づけてくれますね。
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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