六月の組香
源氏物語の六条院を舞台にした四季の組香です。
客香のほかに「外香」という無試の香のあるところが特徴です。
※ このコラムではフォントがないため「」を「柱」と表記しています。
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説明 |
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香木は6種用意します。
要素名は、「初桜(はつざくら)」「橘(たちばな)」「有明(ありあけ)」「峯雪(みねのゆき)」と「客(きゃく)」「外香(そとこう)」です。
香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。
「初桜」「橘」「有明」「峯雪」は各5包作り、「客」は4包、「外香」は6包作ります。(計30包)
「初桜」「橘」「有明」「峯雪」は各5包のうち、各1包を試香用として取り除いておきます。(計4包)
本香は、残った26包を2包ずつ、13組に結び置きしておきます。(委細後述)
まず、「初桜」「橘」「有明」「峯雪」の各5包のうち、各1包を試香として焚き出します。(計4包)
次に、先ほど結び置きしておいた13組を打ち交ぜ、1組(2炉)ずつ焚き出します。(13×2=26)
本香は「二*柱開」で26炉廻ります。
※ 「二*柱開」とは、香札等を使用して「香炉が2炉廻る毎に1回答えを投票し、香記に記録する」やり方です。
答えは、2炉ごとに試香と聞き合わせて、当てはまる「聞の名目(ききのみょうもく)」の書かれた香札を1枚打ちます。(委細後述)
香元は、2炉ごとに正解を宣言します。
執筆は、各自の答えのうち、当ったもののみを記載します。
点数は、名目1つの当たりにつき1点を基本とし、「源氏」の当たりは2点と加点します。(14点満点)
下附は、全問正解に「全」、その他は点数で書き記します。
空気が湿り気を含んで、香聞きには絶好の季節となりました。
このところ、温度と湿度が増したこともあり、街の中での匂いに敏感になりました。通り過ぎる人々の「追い風」はもとより、路地ごとの匂い、公園の草木ごとの匂いが「色の違った気団」のように私の前に現れます。それは、カラフルな風船を書き分けながら進むような感覚であり、意識的に楽しむ時は良いのですが、無意識でも「香り」と「匂い」と「臭さ」がまぜこぜで否応なしに感じられるものですから、これに一々心が捉われてしまうのは、結構過酷なものです。よく、絶対音階を持つ人が「騒音でも音符の集合として聞こえてしまって、とても疲れる」という話を聞きますが、それに似た感覚なのでしょうね。まぁ、この時期は「晴耕雨読」に則って、雨の日はゆったり「聞香」でもしながら心と身体を休めた方が良いようです。この季節になると初夏の行事も一旦休憩に入り「浮ついた心」も治まりますので、忙しい時に雑然と積みあがった机の上を整理するように、内省的になって心をシンプルに戻すのもよろしいかと思います。
先日、雨の日にバスに乗りましたら「うっ!」と息が止まるほどの「加齢臭の集合体」と出くわして、2分後には本当に気持ちが悪くなるという初めの経験をしました。鼻腔センサーに特異な感覚が備わってしまった人間の性ですから、今までは「どんな匂いでも必要理由があるのだから受容はしても拒絶はしない」という信条で生きてきたのですが、身体が反応してしまったのには流石に驚きました。 なんとか耐えて、バスを降りて入った喫茶店では、何かの映画の話題からの派生だったのか「カオス理論のバタフライ効果」について禅問答をかけられました。 これは、「北京で蝶が羽ばたくと、ニューヨークで嵐が起こる」というものですが、日本風に言えば「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいなもの。しかし、最初に提唱した学者のたとえ話のストーリーに尋ねあたらず、結局、「初期値の微々たる違いが、後々現象にものすごい影響を与える」というイメージを端的に表した言葉ということに落ち着きました。
1つの現象は「複雑多岐な因果関係」によって成り立っており、その因子もさらに複雑多岐な因果関係によって成り立っています。それは、樹の枝葉から幹に水が伝って落ちるように、「現在の事象」には無限の因子があり、その一部が変わっても根元に達する水の流れは途絶えたり、変わったりすることになります。これらの無限の相関について一々連綿を検証すると、時間と労力がいくらあっても足りないので「予測不能な事態」と片づけてカオス化して信じる・・・・これが学問です。
バタフライ効果は、タイムパラドックスと似ていることもあり、家に帰ってから「タイムスリップできたら、どの時点に戻って何をやり直すか?」を自問し、人生を反芻して みました。まず、3年前の鉄鋼株でも買っておいて、現在の生活を豊かにする(*^_^*)ところは基本として・・・
大学や職業選択については、その誤りを正しても、その後の苦労は現状と比べて大きくなるだけと予想。
結婚に関しては、独身で人生を終える考えはもともと無かったし、他の女性が結果的に良かったかどうかは予測不能で結構リスキー。
香道界を離れたことについは、「体制が自分の精神性と相容れない」という確信は的中し、結果的に香的生活の幅が広がったので正解。
・・・とすると、結局タイムスリップのチャンスは人生の大きな舵きりの場面には必要なく、「ここで、もう一頑張りしておけば」といった、小さな後悔の微修正にしか使えないという結論に達しました。それでも、タイムパラドックスの影響を受けて、我が人生は現在とは似ても似つかない状況となっているのでしょう。私は、「早道は人生を脆くする」と思っています。それよりも「残る人生を悔いのない豊かなものにして行こうよぅ。」と当たり前の考えに落ち着く訳です。特に年を取ると、心身は「赤色巨星」のように尊大で脆くなり、自分の背負った「業(ごう)」によって、ある日突然外郭が崩れ、求心的に押しつぶされて「ブラックホール」になってしまうこともあります 。平民は、決して「飛び道具」を使わず、着実に日々の生活を100.1%向上させていくつもりで歩みたいと思います。
桐壺帝の第二皇子として「金のスプーン」をくわえて生まれてきた光源氏ですら人生に浮き沈みはありました。栄耀栄華の平安貴族にとって、悩みといえば「同性」「異性」「家柄」「身分」「権力」等の対立から生ずる複雑な明暗の中で醸成されてきたものが主だと思われますが、とりまく社会が現在ほど複雑化していない分だけ、そのことに命を賭して立ち向かう必要があり、その価値があったのだと思います。その中で、光源氏は臣下の身分でありながら、33歳の若さで太政大臣に勝ち上がり官位を極めました。彼の翳り無い人生のピークは、その舞台となった「六条院」での華やかな四季の描写によって言い表されています。
今月は、四季香シリーズ第三弾。源氏物語の六条院に住まう女性を景色とした「四節香」(しせつこう)をご紹介しましょう。
「四節香」は、『三十組之目録(全)』という写本の十八番目に掲載のある四季の組香です。同名の組香は、『御家流組香集(智)』や杉本文太郎の『香道』にも掲載があります。これらは、どれも同じ組香のことを記述したものであることは、察することができるのですが、如何せん『三十組之目録(全)』には細かく書いてあるわりには名目同士の列挙に転記ミスと思われる矛盾点があり、『御家流組香集(智)』は矛盾は無いのですが、簡潔過ぎて組香全体を解説し尽くせていません。また、『香道』では、香組に「客」の香がないため、「二十包で二*柱開を10回行う」と書いてあるもにもかかわらず、聞の名目の段では要素名に「他香」と「ウ香」が現れて、12通り列挙されているという矛盾があります(それでも「花散里」を書き忘れている)。このように、どの書物も一長一短があるのですが、それぞれの短所を補えばなんとかなりそうなので、『三十組之目録(全)』を出典、『御家流組香集(智)』を別書、『香道』を参考書として、最もふさわしい「四節香」の姿というものを考察していきたいと思います。
まず、この組香の要素名は、「初桜」「橘」「有明」「峯雪」で、これらはそれぞれ「春」「夏」「秋」「冬」に対応する景色として用いられているのでしょう。また、この組香の第一の特徴は「客」と「外香」という2種類の無試の要素が加わることでず。いわゆる「客香2種」は、「ウ」「客」のように区別されて組香に用いられることは多いのですが、この組香では、2種類の無試の香を合計10包も用います。どうしてこのように大量に必要とするのかは、謎だと思う方が多いでしょうが、後述する「要素名と名目の対応」から、「客」は「光源氏」の意味、「外香」は「四季共通の景色」の意味と解釈すれば、その香数や香種の謎が解けるということを説明していきたいと思います。
また、この組香には証歌はありませんが、後段の聞の名目で「若紫」「花散里」「中宮」「明石」「源氏」の名前が見えますので、『源氏物語』の景色をテーマにした組香であることが解ります。さらに、結びの名目に「春夏秋冬」や「東西南北」等の言葉も見られるため、これらを総合的に対応させると光源氏の住まいである「六条院」が組香の舞台であることが見えてきます。出典では、小引の最後に「四節香と名付けるは、源氏六条院四町をかまえ、東西南北、御殿をつくり給いて、西には秋このむ中宮、北には明石のうへ、東には花散里、南にはむらさきのうへを居置き給へり。此の事を□□□□して書くを四節によせて、香の銘とせり。」と種明かしをしています。
六条院を舞台とする組香では、「源氏京極四町香」(源氏四町香)が思い当たるでしょう。これにも同名異組が多いのですが、出典の『御家流組香集(智)』にある組香では、有試の香「春」「夏」「秋」「冬」「源氏」各1包と、無試の香「桜」「橘」「栬(もみじ)」「松」各1包が用いられ、前段を二*柱開で焚き出して「春」「夏」「秋」「冬」の香が「源氏」と結びついた場合、それぞれ「若紫」「花散里」「中宮」「明石」を聞の名目とするもので、この組香と最も趣旨が似ていると思います。
ここで、この組香の舞台となる「六条院」についての説明を加えましょう。『源氏物語』の「六条院」は、光源氏が太政大臣になった翌年に、六条京極に造営した大邸宅で、大きく「春夏秋冬」の4つの区画に分けられ、それぞれ関係の深い女性を住まわせていました。自分で邸宅を建てて、散在している女性を転居させて集める「殿うつり」は平安男性の理想だったようです。
「春の町」(南大殿)は、光源氏が常に起居する六条院の中心的存在であり、光源氏と紫の上、明石の姫君(光源氏の長女)が住んでいました。庭には、桜、柳、山吹、藤といった春の花が植えられ趣向が凝らされ、南に面した池には鴛鳥が泳ぎ、園遊の際は、舟遊びもできました。
「夏の町」(東大殿)は、花散里が夕霧(光源氏の長男)の養育を任されながら住んていました。庭には、夏にふさわしい涼しげな泉があり、花橘、撫子などが植えられていました。また、東側には端午の節句の遊び所として「馬場殿」があり、馬場は春の町まで伸びていました。
「秋の町」(西大殿)は、秋好中宮(後に冷泉帝の中宮)が住んだ住居で、もともと中宮の母君である六條御息所の邸宅跡地でした。ここには、萩、薄、菊や紅葉といった秋の山野が再現され、滝のある池も造られました。また、「秋の町」と「春の町」とは池でつながっており、紫の上と秋好中宮によって春秋論争が繰り広げられたことでも有名です。「弥生香」
「冬の町」(北大殿)は、明石の君の住居があり、寝殿を設けず、大きな二つの対があるだけの質素な住居でした。北には御蔵町があり、南の白砂の庭には松の木を植え、主に雪景色を楽しめるように造られていました。
紫式部の描いた六条院は、きわめて具体的であり、実際に見たものでなければ書けないような描写も随所にみられます。そこで「六条院には実在したモデルがある筈」とのことで、現在のところ源融(みなもとのとおる)が、陸奥出羽按察の任の後、奥州塩釜の景色を移して難波から海水を運ばせて藻塩焼きをしたという「六条河原院」がその第一候補となっています。また、源融自身も光源氏のモデルとされており、「六条河原院」に住んで風雅を楽しんだことから後に河原左大臣と称されるようになりました。
因みに、現在「六条河原院」は、東本願寺の「渉成園」(枳殻邸:きこくてい)が、その遺蹟として知られていますが、その昔は、東端が鴨川に達するほど壮大な庭園だったそうであり、「源融河原院趾」の石碑は、枳殻邸から北東に約400mも離れた五条大橋のたもとの交番近くの木の根方(下京区木屋町通五条下ル)
次に、この組香は、「結び置き」という手法を用いるというところが第二の特徴となります。これは、あらかじめ本香の「二*柱開」で焚かれる2つの香包を組み合わせて、紙縒り等で1つに結んでおきます。これによって香の組合せが膨大となることを避け、あらかじめ本香の出(正解)のパターンを規定することで、聞の名目の数も少なくすることができます。また、要素名の組合せと聞の名目の対応により創作者の意図がよくわかり、香席においても、その美意識を踏襲しやすいというメリットもあります。この組香では、香席の前に「5+5+5+5+4+6=30包」の香包から、試香用の「初桜」「橘」「有明」「峯雪」各1包を取り除き、残る「4+4+4+4+4+6=26包」を2包ずつ、13組に結んで置くことと指定されています。結び置きの組合せについては後述します。
さらに、この組香では、結び置く香の組合せについて、それぞれの右肩に名目が付されているという第三の特徴があり、他の組香にあまり例の無いことなので、これを仮に「結びの名目」と呼ぶこととします。この「結びの名目」について、出典では「どのように扱うべし!」とは一切書いておらず、ただ書き添えてあるだけです。私自身、「実際にどんなところで日の目を見るのか?」と考えましたが、小記録に記載したとしても「聞の名目」があるため、香遊びの進行上はなんら意味を成しませんし、匿名でなければならない本香包に表書きするわけにも行かない訳ですから、香席で連衆が目にするチャンスはない筈です。しかし、「初桜と初桜の2包の結びを春の組という。」と、敢えて後世の香組者に示そうとしたものだと考えれば、創作者の美意識や意図を汲み取る上では、非常に重要なメッセージなのかもしれませんので、ご紹介しておきます。
【結びの名目】 対応表
春、夏、秋、冬・・・四季
花、郭公、月、雪・・・四季の風物
春東、夏南、秋西、冬北・・・四季と方角
源氏・・・主人公(中心)
上記のように、13通りある「結びの名目」をテーマごとに区分してみますと、四季を意識した3つのグループと「源氏」になります。「区分1」では、まず四季をストレートに取り入れて、要素名の季節感をしっかりとイメージさせます。「区分2」については、まず、要素名「峯雪」「有明(の月)」「初桜」とイメージが直結する「雪月花」を基本にして、足りなかった「夏」のみ「花鳥風月」のイメージから「郭公」を補った形ではないかと思われます。しかし、この「郭公」は他の名目に比べて具象的なところも、「橘」という花の要素との対応からも、若干苦しい印象もあります。「区分3」では、四季と方角が取り入れられています。春、夏、秋、冬に寄せて六条院の四町を意識してみようと試みましたが、「春の町」(南大殿)、「夏の町」(東大殿)では、「春南」「夏東」となるので都合が悪く、あまり深読みせずに、単なる季節をあらわす四方と解釈しておきました。「区分4」は、無試の香同士の組合せで、この組香には1組しか登場しません。それは、なにものにも替えがたい主人公「源氏」の組だからであり、全ての四季・四方の中心にあると考えたからでしょう。
後述するように、他の名目との矛盾点の多い「結びの名目」は、別書や参考書では捨象されて、出典に形跡を残すのみとなっています。
さて、結び置きの準備ができたところで、組香の構造をご紹介します。この組香は、最初に「初桜」「橘」「有明」「峯雪」各1包を試香として聞きます。(これら有試の香を以下「地の香」と言います)本香は、結び置きした「2包×13組」を打ち交ぜ、「二*柱開」で焚き出します。本香では、「源氏」以外の組合せでは、必ず試香で聞いたことのあるお香が出るので、試香にしっかり聞き合わせることが肝心です。「客」と「外香」の区別は、非常に難しいものと思われますが、各組の地の香を基準にして「外香は先に出た無試の香」、「客は後に出た無試の香」と覚えると良いでしょう。後開きの場合は、「4つ出た無試の香は外香、6つ出た無試の香は客」と後から数合わせで区別ができますが、この組香は「札打ちの二*柱開」ですので、その他の方法としては、小記録に書かれた木所で判別するしかないでしょう。その点で組香者は、源氏を構成する「客」と、共通の景色である「外香」について香木の品質に格差を設ける等の工夫も必要なのかもしれません。
また、「二*柱開」で香元が焚き出す際に、「結んで組にした2包をさらに打ち交ぜる必要はないのか?」について出典に記載はありませんが、焚かれる順番が決まっていた方が、「客」と「外香」の区別がつきやすいというメリットがありますので、通常は打ち交ぜない方がよろしいかと思います。この件について、出典では「無試と有明」→「月」のように地の香が後に記載されていますが、別書や参考書では「有明と外香」→「月」と地の香が先に記載されているのが現状です。別書や参考書の記述では、「無試の香の後先」でも判断できませんので頼りは木所だけになります。基本的には、香の出の順序が逆でも、当てはまる聞の名目は1つとなりますので、「敢えて」という方は、お好みで 打ち交ぜてもよろしいかと思います。
こうして、本香は「2包×13組=26炉」が回りますが、連衆は2炉ごとに、香の出と下記の「聞の名目」を見合わせて、香札を打って回答します。この組香では、回答に専用の香札を使用します。札の表は、「春、夏、秋、冬、松、竹、梅、楓、鶴、亀」の10種(参考書も同じ)となっており、これを名乗として10人まで遊ぶことができます。因みに別書では、「躑躅、雲木、楓葉、枇杷、緑松、池鶯、田鶏、沢鴫、河鴨、江鷺」と花鳥10種が記載されています。札の裏は、「初桜、橘、有明、峯雪、花、郭公、月、雪、若紫、花散里、中宮、明石、源氏」の13種となっており、1人前13枚の札が配られます。
ここで、出典には、「結び置き」→「聞」→「札裏」のそれぞれについて名目が列挙されていますが、順序がまちまちで、そのため転機ミスによる矛盾や不整合があります。まず、これを整理しやすいように並べ替え、修正を加えてから各々の解釈に入りたいと思います。
要素・名目対応表
区分 | 結びの名目 | 聞の名目 | 札裏の名目 | |||
出典の表記 | 名目T | 出典の表記 | 名目U | 今回修正 | 名目V | |
1 | 初桜と初桜 | 春 | 初桜と初桜 | 初桜 | 初桜・初桜 | 初桜 |
橘と橘 | 夏 | 橘と橘 | 橘 | 橘・橘 | 橘 | |
有明と有明 | 秋 | 有明と有明 | 有明 | 有明・有明 | 有明 | |
峯雪と峯雪 | 冬 | 峯雪と峯雪 | 峯の雪 | 峯雪・峯雪 | 峯雪 | |
2 | 無試と初桜 | 花 | 無試と初桜 | 花 | 外香・初桜 | 花 |
橘とウ @ | 郭公 | 無試と橘 | 郭公 | 外香・橘 | 郭公 | |
無試と有明 | 月 | 無試と有明 | 月 | 外香・有明 | 月 | |
無試と峯雪 | 雪 | 記載漏れ C | − | 外香・峯雪 | 雪 | |
3 | 無試と橘 A | 春東 | 初桜と客 | 若紫 | 初桜・客 | 若紫 |
初桜と客 B | 夏南 | 橘と客 | 花散里 | 橘・客 | 花散里 | |
有明とウ | 秋西 | 有明と客 | 中宮 | 有明・客 | 中宮 | |
峯雪とウ | 冬北 | 峯雪と客 | 明石 | 峯雪・客 | 明石 | |
4 | 無試と無試 D | 源氏 | 客と客 | 客 E | 客・客 | 源氏 |
この対応表では、先ほどの「結びの名目」のテーマを基本に4区分してみました。すると若干の例外はあるものの、「区分1」は地の香と同香の組合せ、「区分2」は無試の香と地の香との組合せ、「区分3」は地の香と客との組合せ、「区分4」は無試と無試の組合せと言うように、おおむね要素名の組合せのパターンとも符号することがわかりました。
ここで、出典の「結び合わせ」の記述では、「無試」の表記について法則性がないため、理解しにくかったのですが、「区分2」は、無試の香と地の香の組み合わせであることが分かりましたので、「無試」は「外香」と読み替えました。また、「区分3」は地の香と客(ウ)の組合せであるため、「ウ」は「客」と読み替えるのみとしました。
さらに、次の点を書き換えました。
@結びの名目では、「橘とウ」→「郭公」と記載されていますが、聞の名目では「無試と橘」→「郭公」とされており符合していません。これについては、聞の名目から判断してAの「無試と橘」と入れ替えることがふさわしいため、最終的に「郭公」に対応する要素の組合せは「外香・橘」と書き換えました。
A結びの名目では、「無試と橘」→「春東」となっていますが、要素名が「橘」では季節が符号しません。これは、「秋西」「冬北」の要素名の組合せからして、聞の名目の記述のとおり「初桜と客」と入れ替えることがふさわしいため、最終的に「春東」「若紫」に対応する要素の組合せは「初桜・客」と書き換えました。
B同じように、結びの名目では、「初桜と客」→「夏南」となっていますが、これも季節が符号せず、「橘と客」と入れ替えることがふさわしいため、最終的に「夏南」「花散里」に対応する要素の組合せは「橘・客」と書き換えました。
C結びの名目の「無試と峯雪」→「雪」については、聞の名目について記載が無かったため、結びや札裏の名目、別書等の記述をもとに「雪」を補いました。
D結びの名目では、「無試と無試」→「源氏」となっていますが、聞の名目では「客と客」→「客」となっており符合しません。これは、聞の名目や別書等から判断して「無試」を「客」と読み替えることがふさわしいため「客・客」を採用しました。
Eまた、聞の名目で「客と客と聞かば『客』の札」を打つと記載してありますが、結びや札裏の名目では「源氏」となっており、別書等の記述や組香の主旨からしても「源氏」がふさわしいため、最終的に「客・客」に対応する名目に「源氏」を採用しました。
聞の名目の「源氏」に対応する要素名については、香組で6つ出る香のうちの2つであることは決まっています。しかし、出典では「結びの名目」には「無試」が6つあり、「聞の名目」では「客」が6つあることから、この矛盾は、「源氏」に対応する香木の選び方等をはじめ、組香の景色の重要な部分にかかわる大きな問題でした。しかし、別書や参考書では、「聞の名目」同様、「客・客」→「源氏」とされていましたので、そちらに合わせることとしました。
【聞の名目】 対応表
初桜、橘、有明、峯の雪・・・四季風物(具象)
花、郭公、月、(雪)・・・四季の風物(抽象?)
若紫、花散里、中宮、明石・・・六条院の大殿に住まう住人
客(源氏)・・・主人公(中心)
以上のように「聞の名目」をテーマごと区分けしてみますと、先ほどの「結びの名目」と景色が大きく変わったのは、「区分1」が要素名に戻ったことと、「区分3」が六条院の大殿に住まう女性の名となったことです。
「区分1」については、先ほどのとおり「初桜という要素名は春のことなんだ。」と組香者にメッセージを残し、それにふさわしい香を組ませたところで、「春」という結びの名目の役割は終わり、連衆に対しては通常どおり、地の香と同香の組合せである「初桜・初桜」ならば「初桜」と具象的な景色で単純明快に示す形にしたのでしょう。確かに、せっかく「初桜」という要素名を登場させておいて、香記に「初桜」が載らないのも、景色不足で雅趣が足りない感じもしますので、正しい判断だと思います。
「区分2」については、「外香と地の香」の組合せからなる景色を「雪月花」や「花鳥風月」といった抽象的な四季の景色で捉えようとしていることが解ります。このことから「外香」の香数は四季に対応する「4包」であることが解り、「外香」の役割は、「風」や「光」のような四季共通の景色であることも想像に難くないでしょう。「外香」は、地の香によって四季の色を付けられ、連衆が四季折々の景色に思いを膨らますことができように工夫されているのだと思います。
「区分3」については、この名目がなければ「六条院」の舞台はイメージできませんので、組香の本旨を支える重要な名目であるといえます。先ほども若干触れましたが「若紫」→「春南」、「花散里」→「夏東」であれば、結びの名目 は「六条院の大殿」、聞きの名目は「その住人」と解釈もすっきりしたのですが、残念なところです。この名目が、「地の香と客」との組合せであることから、「客」の役割について解釈する必要がありますが、「源氏」にかかわる組香の解釈の定石を用いて、「客は源氏のこと」と仮定すると、「区分3」は源氏と女性と四季が結びついたイメージであることがわかります。
「区分4」について、出典では「客」と表記してありましたが、若紫、花散里、中宮、明石と登場人物が出揃ったところで「源氏」の名を消す必要はないので、前述のとおり「源氏」を採用しています。すると、先ほどの仮定を裏付けるように「客・客」→「源氏」とすることが出来ます。これにより「客」の香数は 、源氏自身を形作るための2包と、それぞれの女性に遣わす4包の合わせて「6包」が必要となるというわけです。
【札裏】 対応表
初桜、橘、有明、峯雪・・・四季風物(具象)
花、郭公、月、雪・・・四季の風物(抽象?)
若紫、花散里、中宮、明石・・・六条院の大殿に住まう住人
源氏・・・主人公(中心)
ここでは「区分4」について「源氏」と変更されている以外は、聞の名目とすべて同じです。普通の組香では、「聞の名目=連衆の回答」ですから、投票に使用する「香札の名目」が「聞の名目」と一致しないなどということはありませんが、出典の小引は、一致しない点もあり、親切な分だけ墓穴を掘ったとも言えるでしょう。別書や参考書等、他の組香書であれば、「聞の名目」を書いたところで、「札裏」の記載は「これに同じ」ということで記載が省略されていますから矛盾をはらむことはありません。
以上のように、それぞれの名目をテーマに区分けし、対応する要素名を整理・統一したところで、最終的な「四節香」の景色と趣向がご理解いただけたかと思います。
この組香の記録について、名乗りは札表の紋「春、夏、秋、冬・・・」が書き記され、その右肩に小さく各自の名前が付記されます。正解は、1組ずつ2つの要素名を横に並記する形で「2列13行」に記載します。この組香は、「二*柱開」のため、2炉ごとに香元とが正解を宣言し、当たった香札を投票した方のみ、その名乗りの下に「聞の名目」が記載され、外れた方は、所謂「白闕(はっけつ)」といって、「余白(blank)」のままとなります。当たったもののみ記載しますので、 合点を掛けることはしません。
点数は、聞の名目1つの当たりにつき1点と換算し、「客・客」の当たりである「源氏」の加点については、小引に明文はありませんが、続く「四節香之記」の記載例では、全てそのようになっていますので、「源氏」の当たりについては2点とします。(14点満点)下附は点数で記載し、全問正解は出典の記載例にないため、同書の通例を参考として「全」と記載することとしました。勝負は、個人戦ですので、点数の一番多い方の勝ちとなります。
「六条院」は、四季のうつろいにつれて、背景である花木や行事等が華やかに描かれ、「初音」「胡蝶」「蛍」「常夏」「篝火」「野分」「御幸」と続く「光源氏の全盛期」の栄華物語を彩る豪華な舞台となっています。皆さんも「四節香」で六条院の庭に遊んでみませんか?
光源氏はいったい何人の「妻」を娶ったのでしょう?
彼の情けを受けた女性たちは、「正妻」「妾妻」「召人」「愛人」といった格付けを持っていました。
その中で、両家了承のもと婚儀を行った「正妻」は、「葵上」と「女三宮」の二人だけです。
あの「紫の上」ですら「妾妻」なんですね。
「一夫多妻制」と思われがちな平安時代・・・重婚は有り得ないことでした。
組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。
最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。
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