月の組香

      

還暦を祝う茶会をテーマにした組香です。

席の名残に「留香」をするところが特徴です

慶賀の気持ちを込めて小記録の縁を朱色に染めています。

 

説明

  1. 香木は、5種用意します。

  2. 要素名は「敷松葉(しきまつば)」「雪庵(ゆきのいおり)」「老楽友(おいらくのとも)」「松風(まつかぜ)」と「笑(えみ)」です。

  3. 香名と木所は、景色のために書きましたので、季節や組香の趣旨に因んだものを自由に組んでください。

  4. 「敷松葉」と「老楽友」は3包、「雪庵」と「松風」と「笑み」は2包作ります。(計12包)

  5. 「敷松葉」「老楽友」「雪庵」「松風」の各1包を試香として焚き出します。(計4包)

  6. 手元に残った「敷松葉」「雪庵」の各2包と「老楽友」「松風」の各1包に「笑」2包を加えて打ち交ぜ 、そこから任意2包引き去ります。(8−2=6包)

  7. 引き去られた2包は「総包(そうつづみ」)に戻しておきます。

  8. 本香は、「二*柱聞(にちゅうぎき)」で6炉回ります。(2×=6包)

  9. 連衆は、試香と聞き合わせて、2炉ごとに名乗紙に聞きの名目を3つ書き記して回答します。

  10. 下附は、全問正解は「建立( こんりゅう)」、全問不正解は「回生(かいせい)」とし、その他は 点数を漢数字で書き付します。

  11. 勝負は、最高得点者のうち上席の方の勝ちとなります。

☆ この組香では、引き去られた2包も香を「留香(とめこう)」として焚き出し、席の名残とします。(委細後述)

 

  平成最後の年を迎え、あと4か月で新しい「御代」が始まることとなります。

今回は、今生天皇が生前退位されますので祝賀ムードに一点の陰りも無く、お正月が2回あるような形となるのでしょうね。私は実質的に昭和の最後の年だった63年に結婚し、 式当日も昭和天皇の容態を告げる報道がひっきりなしに流れていました。昭和64年の新年を迎えて7日目で崩御されたこともあり、この年の正月はめでたさも半ばのまま急遽終わりを告げましたので、今回はその元が取れるのかもしれません。

弥生になれば、私は東大寺の「お水取り」とともに還暦を迎えます。昭和の最後に結婚し、平成の最後に「退職」という人生の節目が元号とともにあったのも奇遇なことです。皇太子浩宮様は、私もより1歳お若くていらっしゃいますから、私は次々回の元号をもう目にすることができないかもしれません。年を取ると、「こんなことばっかり」考えがちですが、こんなことばっとかり考えている御同輩との語らいや茶香での饗応はとても楽しいものです。これからは、職位を脱ぎ捨て、胸襟を開いたところで、真に付き合える「老い楽の友」と睦みあっていきたいと思います。

今月は、還暦の茶事を共に祝う「華甲香」(かこうこう)をご紹介いたしましょう。

「華甲香」は、平成18年5月に「香道の雑学」の「自分で作ろう!」シリーズ「組香の作り方」でご紹介した921作のオリジナルの組香です。このコラムは、組香の創作をするための様々な技法をカタログ的にご紹介しましたので、組香そのものとしては盛り込み過ぎで完成されておらず、窮屈極まりないものとなっていました。そこで、今回還暦を迎えるにあたり、自分が茶香の友と実際に「華甲香」を催行するならばどうするかを考えて「香記の間に風が吹き通るように」リメークしてみました。そのようなわけで、今回は我が生涯最初の「新組」をご紹介すべく、出典なしで筆を進めて参りたいと思います。

まず、この組香の題号となっている「華甲」とは、数え61歳の「還暦」のことを意味しています。それは、「華」の字を分解すると6つの「十」と1つの「一」とになり、さらに「甲」は「甲子」の略で十干と十二支のそれぞれの最初を指すところから来ています。すなわち、この組香は題号を見てのとおり、還暦を祝う「祝香」として創作しています。

次に、この組香には下記の証歌を据えました。

「むつましと君はしらなみ瑞垣の久しき世より祝いそめてき(伊勢物語199:おほん神⇒住吉の神) 」

これは、伊勢物語の百十七段に「帝(平城天皇)が住吉に行幸した際、住吉の松を御覧になって、『われ見ても久しくなりぬ住の江の岸の姫松いく代経ぬらむ(古今集905:詠み人しらず)(伊勢物語198:帝)』 (私が見るようになってからでも、長い月日がたっている。住吉浜の岸にある、このいとおしい姫松はどのぐらい年月を経て生きてきたのだろうか)と歌を詠んだところ、住吉の御神が姿を現されて、『仲睦まじいと帝は知らないだろうが、神の瑞垣の遠く久しい時代から帝を祝い初めていたのだ』との意味を込めて返歌をされた」とある逸話から引用しました。神様の詠んだ歌を証歌に据えるのは不遜な気もしましたが、祝い事ですので、皆様にも住吉の神の祝福が与えられていると考えていただきたいと思います。また、お互い「君は知らないかも知れないけど僕はずぅーと大事に親交を温めてきたよ」という気持ちも内在しての連座かと思います。このように、この組香は、還暦に集まった茶香の友が、お互いの白髪や皺の深さを見合いながら人生の来し方を振り返り、華寿を祝いあう景色となっています。

続いて、この組香の要素名は、「敷松葉」「雪庵」「老楽友」「松風」と「笑」となっています。「敷松葉」とは、霜で苔が傷むのを防ぐためと、茶庭の風情を侘びた景にするため茶庭や露地などに敷く松葉のことで、茶道では11月の炉開き以降に見られる景色です。「雪庵」は、雪が降り積もった草庵「老楽友」は、老後の楽しみや安らぎを共有する友達「松風」とは、茶道用語で釜の湯が煮える音のことです。このように、要素名は、還暦を祝う数寄者同士の茶会の風景から「雪の振る露地から草庵に入り、友に会い、松風を聞き、茶を飲み談笑する」という時空間の流れを切り取って配置しています。また、要素名による視点の移動や陰陽、色彩の配分等については、創作者の腐心するところではありますが、恩着せがましく説明することではありませんので、それぞれの御心でご鑑賞ください。

さて、この組香の香種は5種、全体香数は12包、本香数は6炉、最後に「留香」として2炉を焚き出します。全体香数は「十二支」に因み、香席で焚く8炉は「末広」 (八)を表しています。この組香の構造は、まず「敷松葉」と「老楽友」は3包作り、「雪庵」と「松風」と「笑み」は2包作り、そのうち「敷松葉」「老楽友」「雪庵」「松風」の各1包を試香として焚き出します。次に、手元に残った「敷松葉(2包)」「老楽友(1包)」「雪庵(2包)」「松風(1包)」に「笑(2包)」都合8包を打ち交ぜて、そこから任意に2包引き去ります。引き去った2包はあとで「留香」に使用しますので、総包の中に戻しておきましょう。

そうして本香では、残った6包を「2*柱聞」で2包×3組として焚き出します。香元は、2炉1組を意識して焚き出します。連衆はこれを聞き、2炉ごとに試香に聞き合わせ、聞の名目と見合わせて答えを名乗紙に都合3つ書き記します。

配置された聞の名目は次の通りです。

香の出と聞の名目

香の出 聞の名目 解釈
敷松葉・敷松葉  露地笠(ろじがさ) 雪の際に露地で用いる竹の皮を貼った浅くて大きな笠のこと。
敷松葉・雪庵 つくばい(蹲踞) 茶事のとき、客が席入する前に手を清め、口をすすぐために置かれた手水鉢や役石など のこと。
敷松葉・老楽友 苔径(たいけい) 苔の生えた小道のこと。
敷松葉・松風 炭はぜ(すみ爆ぜ) 炭が水分などではぜること。ここでは音の景色。
敷松葉・笑 枯木花(こぼくのはな) 「三冬枯木花」 (さんとうこぼくのはな)から 、衰微したものが耐え忍び、再び世に出て栄えること。
雪庵・老楽友 白湯(さゆ) 席入り前の「寄付き」で出されるお湯のとこ。その日のお茶に使われるお水を沸かして淹れられたものであり、渇きを癒し心を落ち着ける。
雪庵・松風 紅炉(こうろ) 「紅炉一点雪」(こうろいってんのゆき)から、席中に赤々と燃える炭と雪に見立てた灰の紅白の対比の美しいさま。
雪庵・笑 中日和(なかびより) 降り続いている雪が一時やんだときの晴れ間のこと。
老楽友・老楽友 鶴亀(つるかめ) 鶴と亀のこと。ここでは長寿を祝う連客のこと。
老楽友・松風  清聴(せいちょう) 清らかに聞こえること。ここでは茶室の内外のかすかな音が景色とっなっているさま。
老楽友・笑 昔語り(むかしがたり) 昔ばなしで談笑すること。
松風・笑 一味友(いちみのとも) 「清坐一味友」(せいざいちみのとも)から、小さな茶室に数人の親しい仲間が集まって、一つの釜の茶を点じて、ともに味わう時、心も一つになった清々すがすがしさをいう 。
笑・笑 万歳楽(ばんざいらく) 左方唐楽平調の舞曲のこと。鳳凰という鳥が飛来して「賢王万歳」とさえずった 逸話を起源としており、日本では即位大礼などの機に奏されることが多い。

 

このように、聞きの名目は、香の前後に関係なく2つの香の組合せで、茶席の雰囲気が醸し出される景色を配置しています。 全くの余談ですが、「一味友」については個人的な思い出もありました。インターネット茶人会の盟友から「茶味禅味 味々一味」 をもじった「茶味味 味々一味」 の掛軸を貰い、「茶も香も世界観は違うが味は1つ。これも一味友ではないか。」と気付かされ「茶香の友」を求めて活動範囲を広げて行くきっかけになった言葉です。うまく、景色が当てはまれば幸運なのですが、1組目は「露地入りから 寄付きまでの風景」、2組目は「懐石から中立までの景色」、3組目は「後座の茶席の風景」と進む茶会の流れに見立てていただければ幸いです。

本香が焚き終わり、名乗紙が返って参りましたら、執筆は連衆の答えを全て書き写し、香元に正解を請います。香元は、香包を開いて正解を宣言します。執筆は、 香記の香の出の欄に要素名を出た順に「千鳥書き2列3段」で書き記し、正解の名目を定めます。 この組香の点法は、客香である「笑」が含まれる名目の当りを2点とし、その他は1点と換算します。 そこで、執筆は当たりの名目に2つ以上の要素が当たったことを示す「長点」を掛けますが、「笑」 が含まれる名目の当りには長点の右肩に小さく「﹅」と2点目を打ちます。なお、名目の当否は香の前後に関わりませんので「片当たり」はありません。

この組香の下附は、全問正解は「建立」、全問不正解は「回生」、その他は点数とします。「建立」とは、主客に一体感を生ずるほど充実した茶会となる「一座建立」を意味しており、亭主と連客の心が通い合い和気藹々として雰囲気が生まれることをいいます。これは茶席のみならず、すべての寄合芸能が目指す境地です。「回生 」とは生まれ変わることで、「還暦で生まれ変われるからね〜」と香道らしく、聞き当たらなかったことを慰め、笑い飛ばす言葉となっています。その他は、当たった名目を1点・2点と合計して点数で書き附します。

最後に勝負は、最高得点の方のうち上席の方の勝ちとなります。ご褒美には、香記とともに「赤頭巾」でも被せてあげると席が一層なごむ ことでしょう。


さて、ここからは正式な作法ではなく「921の趣向」ですので、軽い気持ちで見ていただければ幸いです。ここで香元は「香満ちました」と挨拶し、道具を元通りに 乱箱に収めて一旦退出しますが、その際、先程引き去っておいた2包を総包ごと懐中します。亭主は、ここで「家づとに香りをお持ち帰りいただきたい」 と連客に伝えます。香元は長方盆に香炉と重香合と香立を載せて再入場し、 長方盆略点前で「留香」を焚き出します(神保博行著『香道の歴史辞典』)。「留香」とは、茶席の名残に連客が香りを衣服に留めて席の余韻を楽しむ作法のことで、実はこの組香の最大の特徴を本香の後に持ってきました。引き去った後の残香は、「捨香」としたり、「名残り」と称して席中でも焚き出してもいいのですが、敢えて本座では焚かず勝手口から改めて持ち出すことで、未体験のアミューズメント味わうことができるでしょう。

香の留め方について、 志野流の香書『香道規範(下)』には、「留香の作法、右手に香炉左手に袖口を広げて左の手に渡し、左の袖に留め、鼻紙所(懐中)で留め、右の袖で留める。」(女性は右袖から逆回り)とあり、男性は回された香炉を左袖、懐、右袖に留めます。着物でしたら、袖口から香炉を入れ、襟元は少し広げて香気を留めるようにします。洋装の場合は、それらしく袖や胸元を炙るように香炉を廻すと良いでしょう。「留香」は陰陽 和合の関係か、「炉数は偶数」と決まっておりますので、一巡しましたら銀葉を変えて、残りの一*柱を焚き出します。 このように香炉を2巡させて本香で焚き出されなかった2香を楽しみ「末広」を完成させ 、興が乗ってまいりましたら連衆の持参の香なども各自焚き継いで香りを留めて行くと雅趣が一層増すことでしょう。

因みに、「長方盆って何?」という方は、四方盆に炭団を仕込んだ香炉1脚と火道具畳、香包2包に銀葉を1枚ずつ上に載せて、四方盆点前で焚き出すと良いでしょう。さらに、「四方盆って何?」という方は、乱箱から香炉と香筋立と総包を取り出して、その場で焚いてもよいでしょう。いずれ、口傳が多く詳細は分からない「留香」という所作を体験してみることが大事だと思います。

 全国に「華寿」を迎える香人の方は、どれほど居られるのでしょうか?是非、歳の初めに「華甲香」で祝い、祝われしてみてはいかがでしょうか。 弥栄!

 

 

「昭和」は内定情報が漏洩し、急遽「光文」から変更されたという説もあります。

今年の歌会始の歌題は「光」ですねー。

寂清の光見えたり香の道標なしともゆるゆると行く(921詠)

 本年もよろしくお願いいたします。

組香の解釈は、香席の景色を見渡すための一助に過ぎません。

最も尊重されるものは、皆さん自身が自由に思い浮かべる「心の風景」です。

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